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シモン・ゴールドベルク―Szymon Goldberg―
公式ホームページ作成によせて、及び、資料の寄贈先

故ゴールドベルク山根美代子 妹

大木裕子記(2016年2月)
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今年はゴールドベルク没後23年になります。
20世紀に活躍した巨匠たちの演奏に接するとき、言い知れぬ懐かしさと安らぎを覚えるのは何故なのでしょう? この巨匠たちは20世紀に生まれたものの、教育を受けたのは19世紀末のゆったりとした、ロマンの香り高い時代の人たちからでした。

しかし彼らが生きた20世紀、世界は激動の時代であり、社会主義革命、民族主義の台頭、二つの世界大戦の戦禍などにより人々の価値観が大きく変わり、加えて、科学技術の進化、情報産業の広がりなどが文化にも芸術にも著しい影響を及ぼしました。

巨匠たちの演奏活動も、生演奏だけの時代から SP,LP,CDそしてDVD、TV時代となり、演奏旅行も、船と汽車の旅から、1日で地球の裏側まで行けるジェット機での移動へと変わって行きます。

演奏の内容も、解釈、スタイル、時代の好みなど、演奏家の作品に対する視点が多様化し、旧時代にはあったはずの暗黙の約束事のようなものは影を潜めていきます。
ゴールドベルクの青年期は新即物主義が興ってきた時期であり、前時代とは対照的な、スリムな演奏スタイルが好まれましたが、やがて時代の好みとしてはテクニック偏重時代も経て、例えばゴールドベルクの70年に亘る演奏活動などを、後の時代の人々は果たしてどのように位置付けるのでしょう?

演奏という行為自体は究極的には、音楽そのものの生命体を具現化することなのかも知れません。しかし実際に「作品」を楽譜から演奏にもっていく過程の中で、演奏家個人の解釈や技量、または時代の価値観によっても、作品そのものの様相がかなり異なって伝わるものです。このことは、文学における翻訳と似て、ここで占める演奏家の役割は重大です。

音楽における作品と演奏の関係を、時代との結び付きにおいて考証してみるのも意義のある事かも知れません。
「作品」は時代を超えて残っていきますが、「演奏」は、消えてしまう一瞬の音に解釈や技術を凝結させる瞬間的な行為であるだけに、どうしたらそのような演奏になるのか、その経緯を後から追跡するのは非常に難しいことです。

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特にゴールドベルクの場合、彼はユダヤ系ポーランド人であったため、ナチズムの災禍によって住む国も住居もなく、世界の都市から都市へ、転々と演奏旅行をして歩く中、最小限の資料を携帯するのもままならない状況にあったためか、彼の長い現役生活を考えれば、現在残されている彼の資料は非常に少ないと言えるでしょう。
しかし、彼の妻であったピアニスト山根美代子は、まめに手紙を書いては世界中から関連資料を集め、彼が最晩年に音作りをしていた勉強部屋に置いていた美術品や書籍などと共にまとめておきました。

こうして、シモン・ゴールドベルクというこの変遷の世紀を生き抜いた大演奏家の一人の解釈と奏法の軌跡を辿ることができる資料が20世紀の証言として遺されたのです。
これ等の資料は、以下の機関等に寄贈されました。

  
1.東京藝術大学音楽研究センター 2010年4月 ほぼ全資料を一括して寄贈
(下記3箇所に寄贈したもの以外)
2.富山県立近代美術館 2007年3月所蔵の美術品19点寄贈
3.米国ワシントンD.C. Library of Congres 2006年5月愛器Guarneri del Gesù寄贈
4.立山国際ホテル 2006年12月身の回りの日常品

東京藝術大学音楽研究センターには、 彼の肉筆の書き込みのある楽譜類、 音源類(現存しているLPやCD,カセットテープ、DVD、VHSなど)をはじめ、 演奏会のプログラム、その時代がとらえた演奏家ゴールドベルクへの世界各国の新聞批評や記事類、彼の愛した書籍類、彼が語った言葉、書簡類、写真類等々が収められています。
いずれも、彼の生き様とその時代背景、実際の解釈と奏法など彼の音作りの現場を彷彿させる品々であり、寄贈された全資料が整理、研究されて、「シモン・ゴールドベルク文庫」の名称で藝大音楽研究センター 内に保管されています。 また、同センターは、2013年、保管されているほぼ全資料の目録を出版。260ページに及ぶ分厚い美しい目録です。 2015年には、この目録の英語版が出版され、音楽研究センター内「シモン・ゴールドベルク文庫」のホームページも公開され、楽譜など主な資料のデータベース検索も可能になりました。

 

また、彼の愛用していたヴァイオリンGuarneri del Gesùについては、美代子自身が生前にLibrary of Congressに寄贈しました。
そして、“Guarneri del Gesù: Goldberg=Baron Vitta”の名のもとに、彼女の遺志により、若き音楽家たちに順次期限付きで貸与されることになっていると聞いています。

なお、これらの他に市販されているものとして、『20世紀の巨人シモン・ゴールドベルク』―妻が語る彼の生涯編―と、『シモン・ゴールドベルク講義録』―桐朋学園大学に於ける公開講座(7曲、8回)の実況DVD付、講義内容日本語訳(譜例共)―の2冊の本が、幻戯書房から出版されています。

CDについては、1996年、没後3年を記念して、山根美代子は、6巻の『シモン・ゴールドベルク・メモリアルCD』として、ゴールドベルクの伝説的名演といわれる未発表のライブ録音の数々をリリースしました。
その他、2009年ゴールドベルク生誕100年記念に、ユニバーサル・ミュージックからCD復刻盤が6タイトル、またEMIから『シモン・ゴールドベルクの遺産』5枚組が発売されています。

なお、2016年1月、シモン・ゴールドベルクと山根美代子の共演による、彼の最後のヴァイオリン・リサイタルとなった新潟での公演(1992年7月2日)のライヴ録音がCD化され、東武レコーディングより発売されました (TBRCD0037/8)。曲目は、モーツァルトの「ヴァイオリン・ソナタ ト長調 K. 379」と「同 変ホ長調 K. 380」、ブラームスの「ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 Op. 78」と「同 第2番 イ長調 Op. 100」で、2枚組です。
  上記のものと同じく東武レコーディングより、シモン・ゴールドベルク指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏で、1993年2月9日、東京芸術劇場にて収録されたライヴ録音CDも同時発売されました(TBRCD0036-2)。曲目は、シューベルトの交響曲第5番変ロ長調D.485、シューマンの交響曲第4番ニ短調 Op.120です。

  

シモン・ゴールドベルクは、勉強することが真から好きで、常に楽譜を徹底的に読み込み、それを的確な奏法で演奏に移すという作業を一生涯行っていた人でした。
音楽の次世代を担う人たちが、勉強の過程で様々な疑問を持ち、示唆を求めることがあるでしょう。
そうした時に、このシモン・ゴールドベルクの資料に出合い、彼の音楽作りの軌跡を辿ることによって、自分の疑問に対する何らかの答えも見付かり、それを裏付けとして、自分自身の解釈をより筋の通った確実なものに仕立ててゆく…。
このような風景を誰よりも望んだのが山根美代子でした。
その思いを継ぐべく立ち上げたのが、このホームページです。
このホームページが、音楽の次世代を担う方々にとっても、一つの方向を指し示す地図となるなら幸いです。